Yuko's profile語学の穴 (ごがくのあな) language l...PhotosBlogLists Tools Help

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    11/17/2009

    Smart.fm

    この2週間ほど、体調をくずしがち。
    一方、息子はどんどん成長して元気になってきて、
    ヒーローもののまねっこで私に「戦い」の相手をさせたがる。
    「ママは病気だよー。ホラ、お熱が高いんだよおー。」と言っても、
    パンチやキックがとんでくる。
    いてて・・・。

    さて、ひさびさ、語学ネタ。
    ちゃんと紹介するエントリーをまだ書いてなかった気がする。
    楽しみながら着実に単語力アップをお望みなら・・・・

    Smart.fm(スマート・エフ・エム)という無料の学習サイトがオススメ。
    以前はiknow.com(アイ・ノウ・ドット・コム)という名称だったが、
    それは学習アプリケーションの名前として残り、サイト自体の名前はSmart.fmに変更された。

    基本的には単語の習得に特化したシンプルで使いやすいアプリケーションが軸となっている。
    そのアプリを使うと、「アイテム」と呼ばれる、自分の勉強したい内容(テーマによる単語の集まりなど)の、
    学習⇒テストを繰り返させてくれる。
    学習段階では、単語(音声+スペル)⇒意味⇒例文での使い方、と進み、
    それぞれをテストしてくれるので多面的に繰り返しているうちに自然に覚えられる。

    素晴らしい点は、
    1)音声が自動的に付くこと。(英語と日本語に限るが)
    2)多言語に対応していること。(日本語を勉強しているイタリア人、とかも使っているよう)
    3) 既に基本的な学習用リストは山のようにそこにあり、かつ、自分でも作れること。
      (他のユーザーが作ったモノを使うことが出来るが例文に間違いなど
    4) ビデオ教材がスクリプト付きで見れること。
    今日、私はオバマ大統領就任演説をこちらで初めて聞きました。(遅いって)
    和訳もついてるし、便利。

    こういったアプリケーションを使わずに、
    例えば、教科書などを使って読みを中心に勉強していると、「音声」が頭に残りにくく、
    スペルは覚えてるけど、どういう音をしているのか曖昧なまま進んでしまう。
    逆に、CDなどを使って聞くことをメインに勉強していると、スペルが入らないということが起こる。
    聞きながら、同時にスクリプトを目で読む、ということをすればいいのだが、それでも、
    内容重視になりがちで、結果的に構文的な習得に注意が向かなくなる傾向がある。

    このサイトでは例文もタイプして打ち込むテストがあるので、
    スペルも構文的な情報もしっかり意識して記憶しないと正解を得られず、先に進まないのだ。
    たった1つの単語だけど、音、意味、文での使い方、などしっかり学習させてくれ、
    結果的に繰り返す事で記憶に残る効果が高いと思う。
    パソコンで語学学習をしている人は、使わない手はない!
    日本のサイトだけど、ユーザーは世界中にいる様子。

    それはそうと、
    オバマ大統領は、初の黒人大統領として、歴史の新しい一歩を踏み出したという印象だったけど
    現在、なかなか厳しい状況に置かれてるみたいですね。
    カナダ人の生徒さんが教えてくれたんですが・・・。

    11/2/2009

    箱を開けてしまった I opened the box

    引越してから2週間。
    最初に台所と居間のスペースを、頑張って「暮らせるレベル」まで
    一気に片付けたが、その後は遅々として進まず。

    息子の保育所問題で、今までよりも自宅で世話しなきゃいけない時間が多い。
    反抗期&まだまだ甘えたくてママべったり&目を離すと危ない。
    (椅子を引っ張ってきて冷蔵庫の上のドアを開けようとする、等)

    今日は、やっと息子が保育園、私は自分の個人的な荷物を片付ける時間を得た。
    頭の中で練っていた片付けのダンドリで、調子良く進んでいたが・・・。

    ある箱を開けてしまった。
    その存在は認識していたし、開けない方がいいゾと頭は訴えていた。
    でも、その箱の中味を詰め替えるかどうか一応確認し、
    クローゼットの上の収納部分にしまう前に、
    手が箱に伸びてフタをとってしまった。
    心は見たがっていたからだろう。
    中には、今年5月に他界した姉が昔くれた手紙が何通か入っている。
    主に、姉が18歳の大学1年生、私が14歳の中学3年生の頃のもの。
    母親が交通事故で寝たきり入院になり、
    姉は高知、私たちは兵庫県西宮市と、離れて暮らすようになり、
    姉は時折、手紙を書いて送ってくれた。
    心配しつつも、いつもユーモアを交え、励ましてくれた。
    「無理しすぎないようにね」とよく書いていた。

    姉が他界する直前に私たちは二人で一度ゆっくり昔話をする機会を持てた。
    (話題が限定されてしまう状況で、どうしても昔話になってしまう必然があった。)
    その時、お互い、「あの頃は大変やったよね」
    「私たち、よく道を外れず、まともにここまで来れたよね」と、話した。
    そして、彼女は初めて、自分の口から、その頃、精神的、体調的にも辛かった時期があったという事をちらりと語った。
    親が母1人で支えていた家庭で、母親が瀕死の闘病生活になったら、
    娘にとっては、14歳には14歳のつらさ、18歳には18歳のつらさがあったのだ。
    (さらに当時、10歳だった妹のつらさを想像すると私は思考回路がショートする。)

    今、その手紙の時から25年が経っている。

    人生の荒波にもまれ、何とか乗り越えてきた同志と、もう語り合えない。

    なんで?
    なんで?
    なんで?・・・・

    問うてもしょうがないと判っているけど、
    溢れる気持ちを抑えてもしょうがないから、おさまるまで問い続ける。

    最近
    あまりにも悔しいから私が長生きしてやる!という思いに至っている。

    姉の息子、タオとイキが大きくなって母のことを知りたい時が来たら
    私が知っている事を聞かせてあげようかな。
    この手紙の束を見せてあげようかな。
    「この手紙のココのとこはね、当時流行っていたギャグやねんよ~」
    10/27/2009

    保育難民 child-care refugees

    豊中市に引っ越したところ、予期せず
    保育難民になってしまった。
    正直、困った。

    息子は2歳。
    豊中市は、認可保育所に空きはないと言う。
    希望の保育所を第5、6希望まで書いておいたが、一番順番の早いところで
    5番目になっているという。
    10月という中途半端な時期に、保育士を増員する可能性は相当低いらしい。
    また、施設の規模による「定員」というものがあり、
    定員いっぱいの施設は、保育士の増員などはありえず、
    市外へ引越すなど何らかの理由で保育所をやめる子がいなければ空きはでない。

    ある保育所では、トータルで100人の待機児童(!)がいると園長先生の弁。
    全国で待機児童が何万人といて、一向に減る気配も無く、社会問題になっていて、
    厚生労働省のHPには対策が書かれているが、こっちにしてみれば「何も動いてない」のと同じだ。
    100人の待機児童がいるというならば、1つの保育所が誕生してもおかしくない数字だ。
    本当に解消すべき問題として取り組みがなされていれば、もっと事態は動いているはず。
    市役所の担当者の方の電話の声も覇気がないように感じてしまう。
    子供手当の支給とかそういうことじゃなく、
    待機児童解消などの根本的な問題に取り組んで、子育て世帯を支援しなきゃ
    世帯あたりの収入増⇒消費増にはならないんじゃないのかな。

    ちなみに認可外保育所というものも、近所にはありますが、
    料金が相当高い(自治体の補助が無い)し、たいていビルの1室で、いわゆる園庭がないので、
    うちのダンナは難色を示した。
    確かに子供の時は、元気が有り余ってて、砂遊びや
    ジャングルジムや鉄棒なんかが好きだから、そこは有るのと無いのでは差が大きく感じるのは事実。
    認可外保育所でも、近くの公園へ出かけて遊んではいるようですが。
    こども1人あたりの保育士さんの数も違うしねー。

    ダンナは私が仕事をやめて、子育てに専念したらええやん、と気軽に思ってたようで、
    システムの壁にぶち当たる空しさと、
    システムの一部として無理解である身内と、
    その両方から来る悲しさを感じつつも、
    母は強くなければならぬのだなと
    またいつもの思いを新たにしたのだった。

    第一反抗期まっただなかのリオくん。
    「リオが!自分で!やるの~!」だの
    ママが何かすると「ちゃうやん~!ちゃうやん~!」の毎日。
    また、「ボク」と言ったり、「オレ」と言ってみたり、
    私に向かって「アナタは」と言ってみたり。ぷぷぷ(^_^;)。

    君のため、ママはがんばってますよー。
    10/20/2009

    引っ越した Moved in a new house

    先週の金曜日(10月16日)に、新居に引っ越した。

    今までは、私の日本語教室の関係で難波に住んでいた。
    新居は豊中市。最寄り駅は阪急園田駅。
    郊外で、2歳半の息子がこれから成長していくにあたって、より適した住まいと言える。

    引越作業は、前日の木曜日に自分の私物から、ガンガン箱に詰めていくあたりは楽勝だったが、
    引き続き、金曜日の午前、昼はおにぎりをさっと食べ午後も詰める・詰める・詰める・・・・・・で、
    引越屋さんが全ての荷物をトラックに積み込み、さあ新居へ向かって出発、となったのが夕方5時ごろ。
    この頃が疲労はピーク。
    最後の方って、詰めても詰めても何か物が出てくる感じで、
    さらに段ボール箱は切れるわ、ガムテープは切れるわ、養生テープは紛失するわ、
    詰めたい物が箱に収まらない形・大きさの物ばっかり残ってるわ、で
    なかなかのストレスだった。
    こういう時は、「無」の精神で、淡々と作業に集中し、頭をカラッポにしなければならない。 
    しかし引越屋のリーダーさんは、すごくテキパキと作業員に指示&指導し、
    対応も丁寧で、まさにプロと言う感じだった。
    その様子に気持ちの上でふっと助けられた。
    鼻歌まじりに次々と重い家具を持ち上げたのには感嘆。
    うちの古いデカイテレビ、絶対1人で持つのは無理だと思ったのに、
    そのリーダーさん、「これは結構重いですね。」と言いつつ、グイっと1人で持ち上げた。
    す、すごい。
    筋肉りゅうりゅうって体つきでもなく、結構細身なのに。
    「細マッチョ」なのねぇー。

    さて、バタバタする中、「引っ越した」という実感が全く沸かないまま迎えた夜、
    一番嬉しかったのは、もう賃貸じゃないんだということより、
    何よりも、夜の静寂だった。
    今までは外をトラックが走る音や、救急車、パトカー、消防車のサイレンなんかが
    聞こえる度にテレビの音が聞こえなくなったり、眠りから覚まされたりしていた。
    しーんと静か。
    これが私の求めていた「夜」なのだ!
    いずれにしても、妊娠して以来ずっと夜は何度も目が覚める、もしくは覚まされる、という
    生活が続いていて、外の音で目が覚めても、もうええかーと思っていたけど、
    やっぱり静かなのは嬉しいというのは発見。
    一度だけ、4時ごろに新聞配達員が通った物音はした。
    それだけだった。
    でも、部屋の中では、相変わらず、時折、息子の寝言・夜泣きとダンナのイビキが響き、
    私は、目を覚まされる度に、時計で時間を確認し、「2時か・・・」「4時か・・・」とつぶやいている。
    それでも少しはまとめて眠れる時間が増えたのはありがたい。

    早いもので引っ越して、もう今日で5日目。
    1階はずいぶん片付いた。
    息子も最初の3日間は夜に機嫌がわるくなると「おうちかえるー」としょぼくれるもんだから、
    「ここが新しいおうちよ」と諭していたのだが、
    昨夜は、自分のおもちゃや絵本が元の家と同じように配置されて安心したのか
    「おうちかえるー」と言わなかった。

    あとは今日、明日で2階を片付けよう。
    念願の私の個室が出来たのだ。
    インテリア雑誌を読み続けて数年。
    ついに自分が好きなようにインテリアに凝っていいスペースが手に入った。
    それも全然実感が沸いてないんだけど、
    思い入れが強いからこそ、ゆっくりと時間をかけて、納得いく
    部屋作りをしていきたい。
    まずは、くつろげる程度に片付けたら、甥っ子と姪っ子を招待しよう。
    10/12/2009

    ケアンズ行き格安航空券 cheap airplane ticket to Cairns

    来月11月24日ぐらいにケアンズに行きたい方、
    ジェットスター航空のチケット(定価7万円以上)を5万円ほどでおゆずりします。
    成田発で、帰国は29日。
    日付の変更はできるそうです。

    友人からの話なのですが、
    ジェットスターはキャンセルができないそうで、
    無駄にするよりは、ということで、
    ご希望の方は連絡くださいませ。
    早い者勝ちです。
    私が行けたら行きたいんだけど。


    10/7/2009

    あれこれ this and that

    村上春樹の「1Q84」が1、2巻ともミリオンセラーらしい。
    今、3巻を執筆中とのニュース
    早く読みたいなぁー。
    1巻すら読んでないんだけど。
    時期が来るのを待っている。(集中して読みたいから)
    遅くとも冬休みには読みたいな。
    本を買う基準が自分の中で非常に厳しくなってるけど、
    村上春樹の新作小説を買わない手はない。
    他の本を処分して、本棚のスペースを空けよう。

    一昨日(10月5日月曜日)から、急な冷えで体調を少し崩した。
    毎年のことだ。
    夏の間、室内27-28度から屋外35-36度あたりに照準を合わせて体温調節していた体が
    20度を下回る温度に「急に寒くなりすぎ!」という反応をして、
    寒気とくしゃみ・鼻水に襲われ、慌てて、靴下を履き、上着をはおる。
    風呂で体を温めたり、ドライヤーの温風を首あたりにあてたりして、何とか不調をくいとめる。

    ハワイに住んでいた時は、花粉症もなかったし、常夏で、そういう意味ではホントに楽園だった。
    服もTシャツやアロハにパンツで、ワードローブはシンプルなものだった。
    日本にいると冬の衣替えをする時に、「かさばるなー」と思う。
    だから、なるべくかさばらない衣類を選ぶし、重ね着で対応するようにしてる。
    この時期になると暖かい地域に移住したくなる。
    日本なら沖縄、ってことになるんだろうけど、台風が多いんだよなぁ・・・。
    台風、別にきらいじゃないんだけど、
    どうせなら(想像で楽しんでるだけなら)、海外がいいな。
    第一候補は、マレーシア。
    日本からの移住者が多いらしい。

    なんて、とりとめのないことを書いているが、
    実は、近々、引越しするので、今非常に忙しい。
    引越しするのは好きだが、物を捨てなきゃと思うと、やや精神的負担が増える。
    捨てられないわけじゃない。むしろ、捨てれるし、ガンガン捨てたい。
    物を捨てるのに労力やらお金がかかるのが問題なのだ。
    捨てる雑誌を束ねてみたが、マンションの1階のゴミ置き場まで2往復しなきゃならない。
    面倒くさい。
    壊れた照明器具を捨てたいが、マンションの普通ゴミのゴミドラムの入り口には入らなさそうだ。
    粗大ゴミにしてしまうと捨てるのにお金がかかるだけじゃなくて、
    ゴミセンターへの電話、ゴミ処理券の購入・添付、そして、1階へ運ぶ手間。
    今、ここにブラックホールの入り口があればいいのに。
    ずずっとおしこめば、ずりっと落ちて、何でも吸い込んでくれればいいのに。
    (筒井康隆の小説みたいに後で大変な事になりそうだけど。)

    未使用の物などは、ユニセフチャリティーバザーに持っていくつもり。
    自分では無駄にならないように、あまりモノを買わないように普段から神経を使っているんだけど、
    子供の物や、頂き物で、しばらく置いてても、どうしても使わないものなどはしょうがない。
    使えるのに捨てるのは非常に心が痛む。(だからなるべく譲る先を探すけど)
    物が必要な人達の所へつながる四次元ポケットがあればいいのに。
    ああ、シンプルな暮らしがしたい。
    いつでも、スーツケースひとつで旅立てるような心持ちで。
    9/13/2009

    2008年下半期と2009年上半期の(勝手に)ベスト本 The best books I read in the last half of 2008 and the first half of 2009

    確か2008年上半期のベスト本というタイトルで、ブログのエントリーを書いた記憶がある。
    2008年下半期は、個人的に「怒涛の人生の荒波」に沈まないで生きるのに必死で、
    そのまま時が過ぎてしまったが、本は加速度的に読んでいる。
    収入が減ってきたので、本は基本的に図書館で借りるようになり、
    「貸出」のレシートのような紙を確認してみると、
    2009年の前半で80冊程度読んでいる。
    加えて、どうしても欲しくて買ってしまった本もあるので、
    大体週に3,4冊ペースだろうか。
    木工のノウハウ本とか、何かの、字の大きい初心者向け入門本とかも
    含まれるので、まあ、こんなもんだろうな、と思う。

    今回は特に心理系の分野を重点的に読んで、
    こういうことは、生きていく上でめちゃ大切やのに、ホンマに必要とする時じゃないと
    ホンマの意味で自分の知識にならないんかも、と思った。

    というわけで、今回はベストスリーの3冊、絞りに絞って、選んでみた。

    1) べてるの家の「当事者研究」 by浦河べてるの家
    北海道の浦河というトコロにある「べてるの家」という、
    主に精神障害を抱えた人たちのグループホームで、
    何だかすごいことをやっている。
    日本中から、いや、世界中から、見学者が訪れると言う。
    この本は特に、彼らがやっている当事者研究について。
    「当事者である自分が自分のことを研究する」のだ。
    自動思考を「お客さんが来た」、幻聴を「幻聴さんが来た」と表現し、その研究を仲間と語り合う。
    この本は、私にとって救いであり、「希望」になった。
    めちゃめちゃ魅力的である。
    こちらの「妄想&幻覚大会」、是非、ご一読を。

    肩の荷が下ろせた、と言うか。
    問題を抱えた時に、その問題をなくさなくちゃ、と躍起にならなくても、
    問題を抱えつつ、抱えることになった自分をいとしみつつ、落としどころを
    見つけることの方がいいかもしれないのだ。
    「無反省で行こう」など、いろんなキャッチフレーズに癒された。
    どんな時もユーモアって大切だなぁ。

    2) 孤独と不安のレッスン by鴻上尚史
    舞台作家、演出家である鴻上さんは、人間のことがよく分かっていて、
    著作の中で、優しい語り口で、こういう風にしてみたら、もっといいんじゃないかなということを
    教えてくれる、まるでお兄さんのような存在だ。
    「人間は孤独から逃れることはできないんだよ、だからうまくつきあう方法を身につけたらいいよ」と
    なんか説教くさくなくて、現実的に出来そうな事から話してくれるから、好き。

    3) 生きる意味を教えてください・命をめぐる対話 by田口ランディ
    私が今ハマっている作家、ランディさんが、
    生きる意味について、内田樹さんなど9人とそれぞれ対話した、対談集。
    答えが出ない深い問いなのに、ただでさえ、カルト教があったり、スピリチュアルばやりだったりで
    何だか手垢がついちゃったみたいな「生と死」というテーマ。
    改めて問うことが新鮮さを持つテーマを、現実的な、地に足がついたスタンスで
    聞いてゆくランディさんの姿勢が心に残る。
    私の中にずっと残っているのは、住職の板橋さんという人との対談。
    頭で考えてもどうしようもない、んだって。
    死ぬ時は死ぬ、んだもんね。
    はぁー・・・。その境地は、はてしなく遠いよう。
    でも、その境地がある、と教えてもらっただけでも、よりどころにはなる。

    他にも「寄る辺なき時代の希望―人は死ぬのになぜ生きるのか
    生きててもいいかしら・生と死をめぐる対話」という書籍があります。セットでオススメ。


    8/26/2009

    早期発見、早期治療 Early detection, rapid cure.

    もちろん、癌のことである。

    3ヶ月前に、姉は肝臓癌で他界した。
    6ヶ月前まで、ごく普通に生活していて、特に体調不良でもなかった。
    2月に少し食欲がなくなったとかで、病院で見てもらった時には、癌はけっこう進行していたそうだ。
    43歳だった。
    食事は、子供のために、手作りで、なるべく自然なものをと、栄養に気を遣っていた。
    今まで、父、母、両方の家系でも、癌にかかった人はいなかった。

    若いから、家族が癌の家系じゃないから、健康的な食生活をしているからと言って、
    癌にかからないわけじゃない。これが現実だ。
    私は15歳の時に、母親が交通事故が元で寝たきりになり、死んだ。
    それ以来、「誰しも突然死ぬ可能性はゼロじゃないのだ」と私の心に刻まれた。
    でも、交通事故を避けるためになら、日々、気をつけることは出来る。
    じゃあ、癌は・・・?
    今の私は、例えば、ほんの少しの腹痛にも、死の恐怖が走る。

    癌にならないように気をつけることはできなくはないだろうけど、
    姉の例もあり、無力感が大きい。
    もっと早く発見し、治療する事はできなかったのか。

    先日、有機農家、兼、作家である、叔父も癌が発見された。
    勇敢にもホームページの日記に、経過を綴っている。
    外科手術が出来ないステージになっているそうで、同じ事を問うていた。
    定期検診を受けていても、発見できない事もある。
    見逃せば、来年の検診までの1年間の間に癌は成長する。

    日本人の死亡率の第1位は癌だ。
    老衰で死ねるのは、ほんの数パーセントの人だ。
    なんとかならないのか、と思う。
    早期発見、早期治療の為に、詳しい検査を少し短めのスパンで受けることが必要だと
    感じるようになった今日この頃。
    こちらのサイトで、アドバイスを発見した。参考までに。

    命に関わるこんな大切な事なのに、
    母の死によって、命の大切さを脳に深く刻み込んで生きてきた、私や姉でさえ、
    癌への対策を知らなかった。おそろしいことだ。

    誰でも、癌検診や人間ドックを、無料、もしくは安価に受けられるようにするべきじゃないか。
    国保では、40歳から、検診が受けられるサービスはあるが、
    35歳くらいに下げてもいいんじゃないか、
    会社員の妻(主婦、パート職)は定期健診を受けられるのだろうか。
    何よりも、こういうことをもっと広めていかなくちゃ、と思い、
    今日のエントリーに書いてみた。
    8/21/2009

    あつは なつい spoonerism

    夏は暑いね。
    誰が言い始めたのか、最初は「言いまつがい」だったのか、
    「あつは なつい」と冗談でよく言う。
    一度は言った事ありますか?
    こんな風に、文中の2つの音が入れ替わってしまうことを英語ではspoonerismと言う。

    ハワイ大学に留学中、言語学のクラスで、この単語を知った。
    英語にもあるんだなーと感心したものだった。
    言語のある種の現象は、言語に限らず起こるのだ。

    教科書に載ってた例文は、I hissed my mistory class.(アイ・ヒスト・マイ・ミストリー・クラス)
    本来は、I missed my history class. (アイ・ミスト・マイ・ヒストリー・クラス)
    歴史のクラスに出損ねた、という意味の文で、ヒとミの音が入れ替わっている。

    spoonerismは、外国語を勉強している時、母語だと子供の時にも、
    (つまり言語の習得の途中にある時)、やってしまう。
    また、疲れてるとか、すごい早口で喋ってるとか、
    いわゆる「舌が回らなくなった」「噛んだ」状態でも起きる。

    私が子供の頃、分かっているのに、正しく言えなかったのが、
    「セロハンテープ」。
    どう考えても、何度思いなおしても、
    「セロテンハープ」にしか思えなかった。

    分析してみると、「セロハン」という語に馴染みが無く、且つ、
    se ro ha n という音の連結が発音しにくかったのだろうと思う。
    現在は、「セロハン」という音も、語も、実体も、何の疑問の余地も無いほどに知ってしまったので、
    言い間違いをすることはない。

    でも、外国語を勉強していると、こういう事が割りと頻繁に起こって、楽しい。
    それと、今2歳の息子が、ちょうど急速に日本語をマスターしつつあるプロセスで、
    いろいろ可愛い言い間違いをするのを聞いて可愛いったら、たまらない。
    それで、「セロテンハープ」の事を思い出していた今日この頃である。

    息子の理生はスーパーに買い物に行くのが大好き。
    マンションの隣にあるスーパーの名前はMax Valu(マックス・バリュー)。
    理生は今日も「マスク・バリン、行く!」と私を誘う。
    私は、「マックス・バリューね、じゃ、行こうか」とこっそり言い直して返事するのだが、
    理生は、「やったー、マスク・バリン、行く~!」

    まだ2歳になってすぐの、1語、2語文レベルで喋ってた頃、
    時々「まじん クイズー」と言うので、「何のクイズ?」「保育園でやってるクイズ?」と尋ねていたが、
    コトバで説明できるレベルには達しておらず、「まじん クイズー」と繰り返すばかり。
    少し経ったある日、うちで見ている、子供用英語教材ビデオ「Magic English(マジック・イングリッシュ)」の、
    冒頭、Magic English, Magic Englishと繰り返すフレーズの歌を聞いている時、判明。
    「あー、マジック・イングリッシュのことかー!」
    理生はいまだに「マジン・クイズー」と歌っている。
    きゅんLOVE
    8/14/2009

    武道の技 Martial arts techniques

    今、スイスから来日している男性が、私の日本語学校で日本語レッスンを受講してくれている。
    彼はお国で柔術の道場に通っていてるそうで、
    柔術の稽古で使う「はじめ!」や、技の名前を知っていて、
    日本語会話力のレベルは初級なんだけど、
    単語は結構意外なものまで知ってるなぁと思っていたところ・・・。
    ある日のこと、帰国後、いずれ柔術の昇級の試験の為に、
    技の名前をいっぱい覚えなきゃいけないから、
    滞在中に、技に含まれる日本語の意味を習っておきたいと言う。
    内田樹氏の影響もあって、合気道に興味をもっている私は「がってんだい」ってなもので、快諾。
    数日間にわたって、彼の持ってきたスイスで使われている柔術の技一覧のような冊子を使ってレッスン。
    いやー、楽しかった。
    私が技の名前の意味を英語で説明し、彼が知ってる技に関しては、
    こういう感じで相手を倒すんだ、みたいな説明をして、
    お互いの知識で、「あー、そういうことでこの名前が付いてるんだ」と理解しながら進んでいった。

    「袈裟固め」なんて、お坊さんの袈裟が斜めがけになってることから来てるって改めて考えると面白い。
    蟹ばさみ、とかも。蟹のはさみでガシっとはさむ、みたいなことで。

    そういう話をすると、その生徒さんも、「スイスに帰ったら、柔術をやってる兄弟や
    友人に教えてあげなきゃ~」と言って喜んでくれた。良かった。
    意味を知っていたら、技の名前を覚えやすいもんね。
    また、ちょうど、動詞の変化を勉強したところだったから、
    動詞の原型と名詞形と両方を教えてあげて、いい応用になったみたい。

    技に使われる単語を英訳したメモ、せっかくだから、ここに紹介しておこう。

    動き movements (技の名前としては名詞形に変化: 投げる⇒投げ)

    投げる to throw
    固める to hold tight
    締める to tighten
    返す to return
    巻き込む to roll into
    掃う to wipe, sweep
    跳ねる to hop, bounce
    倒す to push ... down
    落とす to drop, fall down
    挟む to fasten, clip
    取る to take
    背負う to carry ... on your back
    浮く to float
    刈る to mow, cut
    釣る to hang

    車(くるま) wheel
    蟹(かに) crab
    朽木(くち-き) dead tree with no leaves

    踵(きびす) heel
    腰(こし) hip, waist
    双手(もろ-て) both hands
    片足(かた-あし) one leg
    袈裟(けさ) surplice (an oblong piece of ornamental cloth worn over the robe by a Buddhist priest)



    7/27/2009

    語学スクールの未来 future for lauguage schools

    ゆうべ、2時ごろ目が覚めてから寝付けなくなったので、ブログのネタを考えていた。
    「語学の穴」というタイトルをつけているのに、最近、語学ネタを書いてないけど、日々、仕事で英語を使ってはいる。
    ニュース記事を読んだり、メールを書いたり、生徒と話したり。
    目下の私の目標は、英語のコミュニケーション力をキープし続ける事。
    気を抜いて停滞してしまわないように。
    他の言語は、息子の手がもう少し離れるまでは保留中。しょうがないね。
    でも、英語から離れているわけじゃないのに、なかなかブログのネタが
    自分の中に浮かばなかった。
    浮かんでも、書くパワーがなかった。

    さて、昨今は、不景気とNOVA倒産後の業界への不信感などあってか、
    国内の語学業界は驚くほど縮小してしまったそうだ。
    (ただ、以前は、NOVAがおそらくかなりの売り上げを占めていた、その中に、
    実際には受講されない料金分もけっこう含まれていたかもしれないが。)

    語学に従事する職業人達は厳しい状況に立たされている。
    仕事が少ない。時給の相場が下がった。給料が減った。云々。
    語学スクールの未来はあるのか?
    (うちの日本語学校を含め・・・)

    外国語を学びたいと思っている人は激減してしまったのだろうか?
    会社持ちでレッスン受講していた人たちは、会社ペイがカットになったということはあると思う。
    でも、例えば英語ができるようになりたいなと思う人たちは、そう激減することもないような気がする。
    podキャスティングやSmart.fmなど、自主学習できるツールが充実してきているから、
    講師と相対してレッスンを受けなくても、ちょこちょこ勉強している人も結構いるんじゃないかな。
    低価格のSkypeレッスンとかエクスチェンジもあるし。

    実は、こう思う背景には、外国語を学びたい動機の中には、
    「別にペラペラ話せなくてもいい」という人たちも元々ある割合いたんじゃないかなと思う。
    例えば、洋画や洋楽を楽しみたいから、とか。
    仕事でメールのやりとりだけ出来るようになりたい、とか。
    メールなら、辞書を引いたり、誰かに質問したり出来るから、「会話力」とはちょっと違う。

    その外国語を使って、対面して会話したい、しなくちゃならない、という人なら、
    やっぱり「会話レッスン」をすることが効果が高いと思うし、実際、このニーズのための
    語学スクールはなくなることはないだろう。

    あれれ、昨夜考えてた内容とは違ってきてるなぁ。
    昨日思ったのは、外国語というのは、「会話」だけじゃないよな、と改めてしみじみ思っていたのだった。
    私の英語好きは最初「セサミストリート」を見ることから始まった。ただ好きだったから。
    その後、中学で音楽になった。シンディ・ローパーとか、ワム!とか歌ってた。
    それから、もちろん、映画。「スターウォーズ」とか「アニー」とか。
    そういう興味・憧れがしばらく何年も続いて、のちに(大学時代に)
    「やっぱり英語しゃべれるようになりたいな」と腰を上げたのだった。

    それで、語学スクールとか教科書とか文部科学省も、「会話ができるようになることが目標」っていう想定に
    こだわりすぎかも、と思った。

    今、2歳の息子のリオが歌を急速に覚えていて、もう何曲も歌詞を覚えて歌えるようになっていて、
    すごいなぁーと思って見ている日々。
    「お弁当箱のうた」とか上手です。
    まだ、「きざみしょうが」と「筋の通った蕗」という語は、なじみがないからだろう、
    発音が微妙に違ってるのが面白い。
    「きざみしょうが」が「きやーみしょーあ」みたいに聞こえる。
    でも、本人はご満悦の様子。
    意味が分かるかどうかなんて二の次なんだ。
    ただ、楽しくて聞こえたままを真似て歌っている。
    語学の原点を見てるような気がする
    「楽しいから真似てみたい」。

    ちなみに、リオくん、英語の歌も少し歌えます。
    ABCDEFG, won't you come and sing with me!
    って。真ん中ばっさり端折ってるけど!

    あと、1から10まで日本語で何とか言えるんだけど、
    先週、急に英語で1から6まで言いいだしたので、びっくり。
    私、なーんにも教えてないんですけど。
    テレビで聞いた何かの歌に入ってたんだよね。
    それを覚えたのかな。
    7/25/2009

    ブログと人生 blog and my life

    このブログのアーカイブを見ると、1番下が「2005年9月」となっている。
    我ながら驚く。
    再来月で4周年なのか。
    と言っても、毎日とか毎週更新しているような人たちと比べると、
    エントリー数は少なめだけど。
    4年も続けているからか、最近のアクセス数は1日平均10程度ある。
    不思議な気分。
    時々書いてる食べ物屋とか本の情報に関して、ググって来られる方がいらっしゃる。
    食べ物屋の話なんかは気が楽と言えば楽だが、
    本の情報なんかで見に来られると、「大した事書いてないのに。ちょっと申し訳ない。」と
    いうような気分もないでもない。
    (ちなみに自分が調べ物している時に、誰かのブログを見てみて、
    「お、こういうことが知りたかってん!」と喜ぶ場合と、
    「んー、中味薄いなぁ」とカクッと来る場合と、やっぱりあります)

    でも、4年ほどの月日を経て、私は私なりに「ブログを書く」ということについて、
    多少は進歩したと思う。
    「私の知らないどこかの誰かに読まれると分かっていて、比較的、私的なこと・思いを
    短いながらも、読み物として(書き物として)、ある意味のある、まとまりに形作る」ということ。
    日本語教師という職業柄、日本語の特性である、文体の使い分けや、語りかけ口調に気をつけ、
    読み手に対して上からの物言いにならないよう気をつけ・・・。、
    1文書くのにも取捨選択を迫られる。

    ー時期は、英訳をつけようか、と考えた事もあったけど、
    自分の中から出てくる自然な日本語を、比較的「正しい」英語に訳すことの難しさも
    リアルに感じた。

    たかがブログ、されど。

    昔書いたエントリーの細かい内容なんて覚えてないけど、時々検索にひっかかって
    誰かがアクセスしたりしてると、「このエントリー何書いてたっけー?」と読み直すことがある。
    読み直してみると、内容だけじゃなく、書き方とか、「年を重ねた」と言うか、「成長した」(と言うと褒めすぎかな)みたい。
    自分の変化が表われてる。感慨深い。

    遠くいつの日か、2009年の最近のエントリーを読み直して、
    あ、時が経ったなぁ・・・と穏やかに思える日が来る、のだろう。きっと。

    ※右側にあるブログリストを更新しました。
    7/10/2009

    その間にも in the meantime

    「時が癒す」とよく言われるけれど、
    ただ時間が過ぎていくだけでは癒しは訪れないと思う。
    そうこうしている間に、心の中に起こる様々なステージを1つ1つ受け入れたりしていくのに、
    当然ながら比較的、長い時間が必要なのだと思う。

    姉の夕佳が他界し、四十九日も過ぎたけれど、
    私にとっては、現在、「ひきこもり期」とでも言う段階だろう。
    どちらかというと、気持ちは内向きだ。外向きでは、決してない。
    いろんなことにやる気が低下していて、仕事と育児と家事が回らず困らないよう
    微量のエネルギーを最低限に配置して何とか日々をやり過ごしてきた。

    「死」についての意識が、抑えていないと、常にひょっこり顔を出す。
    前回も書いたけれど、生きている事の罪悪感やら、無力感や、怒りや
    死への恐怖やら、もういろんなものがぐっちゃになって、
    あっちの世界に半分足をつっこんでいるような気がした。
    夕佳が癌と分かってから逝くまでどんな気持ちだったのだろうかと
    ふと気がつくと、想像をめぐらせている自分に気づく。
    遡って、25年前に死んだ母親の闘病のベッドにまで思いは飛んでいく。

    そんなこんなで、このブログに何か書く事さえ、出来なかった。
    でも、四十九日を越えて、確かに、もうこれ以上このまま行ったら
    心も体も病気になっちゃって、成長著しい2歳5ヶ月の息子が走ると追いつけない、
    ヤバイ、という意識が生まれた。
    もう充分苦しんだんじゃないか、という気持ちもある。

    どうせ、何をやっていても、デフォルトが「死に片足を掴まれている状態」という感じなのだ。
    ここに来て、やっと開き直ったというか、
    何をやっててもそうなんだから、何も考えないで、体だけもう少し動し始めた。

    夕佳のことは、遠くで療養でもしているような感じで、自分をだましている。
    意識してやっているわけではない。
    先日、従弟に初めての赤ちゃんが産まれたので見に行く時に、
    「写真撮って夕佳さんに見せよう」と
    心がとても自然にそう動いてしまったのだ。
    我ながら、阿保やなぁーと思うんだけど、心は自分の自由にはならないものなのだと
    つくづく感じた1件だった。
    6/5/2009

    罪悪感 sense of guilt

    また土曜日がやってくる。
    姉の夕佳がこの世を去ったのが3週間前の土曜日。
    もう3週間経つのかー・・・。
    最初の1週間は、もちろん激しい悲しみと苦しみにのたうちまわった。
    初七日を超え、再び何気ない日常の生活が始まって、
    嘆きの暗闇の中、ふと見上げると、
    その1点以外、世界がほとんど変わっていない事に愕然とする。

    不眠症はこの2,3日で少しマシになってきた。
    気力・体力も限界に来て、とうとうグッタリ、まとめて寝た。

    「悪い夢・・・じゃない?」という悲痛な願いが
    折にふれて浮かび上がり、そのたびに、
    「現実でしょ」と、自分の「頭」にたしなめられる。
    自分の中に湧き上がる、いくつもの自分が統合されずに、
    いつも、どれかに振り回されているような感じだ。
    いっそ虫になれたらと思う。
    生も死も愛も罪悪感も意識にのぼらずにいられたら・・・。

    罪悪感というのは・・・。
    特に変化もない、いつもの世界の中で、自分の日常に戻ろうとする自分自身の本能に対して。
    例えば、私は辛い事があったり、とても疲れている時は、1人でどこかカフェなどに
    昼食を食べにでかける。「自分へのちょっとしたご褒美」という感覚で。
    今は、不眠・倦怠感の中、ランチくらい今日はおいしいパスタ食べに行こうかな、と
    思う自分に罪悪感を感じる。
    村上春樹の新作「1Q84」を買おうかな、と思うや否や、
    「夕佳さんは、もう読めないのか・・・」と思ってしまう。

    とにもかくにも、罪悪感というものはパワフル。
    例えば、幼い子どもは、自分の親に虐待をされると、
    なぜこんなことが起こったの?
    ⇒私が悪い子だから、という発想をすると言う。

    身近な人間が死んだ時、残された人間は生きていること自体に
    罪悪感を抱いてしまう。
    だから、死んだ人のことを「あの世に行って、楽になったんだよ」とか
    「こちらの常識を超えた、安楽の世界にいるんだよ」とか言う言い方は、
    残された者の罪悪感を少しでも軽くするという点において、大きな意義があると思う。
    5/26/2009

    初七日を終えて Having had the seventh day after death

    5月24日の日曜日に、初七日的に集まりたいと私が言って、
    家族で昼食を一緒にすることにした。
    お葬式を無宗教でやってたわけで、厳密に仏教の「初七日」というよりも
    ちょうど1週間が経って、日曜日なんだし、一緒に夕佳のことを偲びたいと思って言い出した事だった。

    しかし、
    子どもたちが集まると、しんみりと、とは行かないのであった。
    夕佳の息子、タオ4歳、イキ1歳、
    うちの息子、リオが2歳、
    妹のところがアオイ8歳、ハルカ4歳。

    私たちのいとこが二人参加してくれたので、大人5人対子ども5人となり、
    何とかかんとか、大暴れ、大ゲンカ、には至らず。
    まあ、小さい子どものことなので、おもちゃの取り合いやらで、ぶつかるのは
    もうしょうがないけれど、大きな怪我などしないよう、親としてはやっぱり気を遣う。

    そんな雰囲気の中、夕佳の写真を見たり、葬儀に届いてた電報などに目を通したり。
    あっという間に時間が経った。
    当然なんだけど、今まで、この家を訪ねた時は、いつも夕佳がいた。
    料理を作ったり出したりしてくれていた。
    その家にいると、夕佳の不在が鮮明に浮かび上がる。

    その日は、子どもたちの雰囲気もあり、明るく過ごしたが、
    翌日、1人になった時に、どっと悲しみが襲ってきた。

    少し買い物に出たのだが、何を見ても夕佳のことに結びつく。
    「あ、あのレストランで一緒に食べた事あったな」とか
    語学の本を見れば、「あんなに沢山勉強した彼女の脳の中の成果はどこに行っちゃったんだろう」とか
    「あのプラントの店で、プレゼントを買ってあげた事があったな」とか
    果てしなかった。
    頭がクラクラした。

    そんな時、ふと、たまたま見つけてページをめくった詩集に助けられた。
    詩集を買うなんて、大学生の時の「萩原朔太郎詩集」以来だ。
    谷川俊太郎の「夜のミッキー・マウス」。
    読んでいると涙が溢れてくるが、悲しみというより、救いを感じての涙。
    この人はすごい!と思う。
    日本語の使い手として、こんなすごい人がいたのかー。
    いや、この人の詩はいくつか読んだことがあるけど、この詩集は格別。
    私の精神状態と呼応したからかな。

    「ちじょう」という詩の一節に震えた。

    このちじょうはかがくのおしえるほしではない
    しすべきものたちのおどるつかのまのあれちなのだ
    5/22/2009

    死後の混乱 my confusion after the loss

    夕佳の不在が心に突き刺さるほど痛い。
    なんで、こうなちゃったの?と何度も問うてしまう。
    答えはないのに探そうとしてしまう。
    泣きすぎて頭痛。
    夜、3時とかに目覚めて眠りに戻れない。

    でも、仕事には復帰した。
    何もしないと悲しみに襲われて辛すぎるから、仕事に集中できる時間が
    少しでもあるのはあり難い。

    辛いのは、もちろん家族だから。
    プラス、いろいろ相談できる「友人」としても。

    生きていた時の、心の距離と、心の中での存在の大きさ、日常で彼女と会ったり、思いを寄せたりする頻度、
    それが、「この世にいない」「会えない」「声が聞けない」「メールをやりとりできない」
    という不在の悲しみの大きさになる。

    同じ「死」でも、1つとして同じ悲しみはないんじゃないかな。
    全く同じ人間、全く同じ人間関係なんてないように。
    全てが、ユニーク、個別、独特。

    夕佳のお通夜の日の私の混乱ぶり。
    行く途中の店で、香典袋を買った。
    薄墨の筆ペンが家にあるのに持ってくるのを忘れたと気付き、
    夕佳に電話しそうになった。「筆ペン持って行ってる?」と聞きたかった。
    今まで、こんな時はいつも夕佳も一緒だったから。

    お通夜にすごい懐かしい共通の知り合いが来てくれた。
    3人きょうだいで、一番下の女の子は、ほんとに小さい子どもだったのに、
    今、20歳を超え、身長も私を超えていた。
    夕佳もかわいがっていた子だ。
    「わ!」と興奮した私は、夕佳を探しに行こうとした。
    「○○ちゃんがめっちゃ成長した姿で来てるよ!」って言いに行こうとした。
    棺の中だと気がついて、愕然とした。

    ・・・というぐらいに混乱していた。家族の死の後、こうなるのは普通らしい。
    だいぶ収まったけど。
    母親の死の時、どうだったかは思い出せない。
    こういう死後の直後の激しい混乱の「第一期の悲嘆」の期間は、1、2週間とか。
    ぼちぼち落ち着きは取り戻しているけど、
    悲しみの質が変化しているということで、悲しみが減るわけじゃない。
    日常に戻ろうとする人間の生きる力で、
    普通っぽい生活に戻れる感じになるが、罪悪感とか襲ってくる。
    例えば、何気ない息子の成長が微笑ましい瞬間がある。「ふふっ」と笑みが漏れ、
    次に浮かぶのは、「夕佳さんはもう子どもたちに触れる事ができないんだ・・・」という比較。

    でも、こうして書きながら、少しでも楽になれたら、と思う。
    同じ悲しみにくれている人が読んでもらえて、少しでも救われたらと、思う。
    5/19/2009

    自分のお葬式に何を望むか What do you want your funeral to be like

    昨日、姉の夕佳の「お別れ会」が終わった。
    家族、親戚で、葬儀会社の手配に始まり、打ち合わせ、当日の準備など
    悲しみの中でバタバタと大変だった。
    夕佳は、葬式をこうしてほしいと、具体的に決めて伝えていたわけじゃないけど、
    ご主人の「おそらく無宗教のものを希望すると思う」という言葉に
    皆、確かに夕佳ならそうだろうな、と
    葬儀会社の担当者さんのアドバイスも聞きながら、
    何をどうするか決め、自分たちで用意できるものは用意する事にした。

    そして、特に葬式にあたる「お別れ会」では、
    お祈り・読経の代わりに、参列者からのメッセージをカードに書いたり、
    語りかけたりして、夕佳に伝える、ということを大事にした。
    そして、もう1つ、夕佳の好きだった佐野元春の「SOMEDAY」という曲を流し、
    お祈りの時間とした。
    小さい子どもたちにも、セレモニーに参加できるように、「きらきら星」の曲も流して歌った。
    (みな、恥ずかしがって歌ってなかったけど、それでも、甥っ子は、
    帰宅する時、空の星を指差して見て、「あ、夕佳ちゃんや!」と言っていた。)

    私は姉と多分一番長い期間、一つ屋根の下で暮らした人間。
    14歳までの14年間。
    ご主人と姉は、出会いからは今まで12年だもんね。確か。
    参列者を代表して、妹と一緒に長めのメッセージを読ませてもらった。

    私は、少し前に従弟が急死し、その際にグリーフケアもしくはグリーフワークに関する本を3冊読んでいた。
    その本から、自分が15歳の時に母親を亡くした後、あまりいい形でグリーフワークが進んでいなかった事に気付き、
    遅まきながら、今からできることなどをやってみたりしていた。

    奇しくも、夕佳が急逝して、さあ、別れの儀式をどうするか、となった時に、
    大切な事は何か、自分の中でははっきりしていた。
    悲しみや思いをしっかり表現して受け止める事、同じ悲しみを持つ人たちと思いを共有する事、など。
    人間は誰でもいつか死ぬ。
    人間は誰でも、誰かから生まれて、誰かと繋がっている。
    自分が死んだ時、どうなるのか、誰にどんな風に送り出してほしいか、
    また、あとに残してしまう人達に、何を残し、残さないか。
    よく「彼女は心の中に生きています」という言い方をするが、
    それは一体どういうことなのか。

    しっかり生きていると、言葉で言っていなくても、
    不思議とちゃんと伝わっているものかもしれない。

    でも、自分が逝く時、夕佳さんのように、自分の意向が実現できるのだろうか。
    自分はどうしたいだろうか、と考える。
    夕佳さんは、大きな宿題を与えてくれ、1つの先例を示してくれた。

    やっぱり、スパルタ気味の情熱ティーチャーで、長女やなぁ。









    5/18/2009

    夕佳のお通夜と葬儀の礼状 Thank you card for who came to Yuka's wake and funeral

    一昨日、午前中に姉の夕佳が息をひきとって、その日のうちに葬儀などの手配があり、
    お通夜が昨日に決まり、身内の者たちで、いろいろな準備に追われたけど、
    お通夜が始まってみると、予想していたよりもずいぶん多くの人が
    かけつけてくれ、正直びっくりもし、嬉しい誤算。(数が足りなくなったものなどあり)
    人とのつながりが、夕佳にこんなにも沢山あったのだな、という気付きが慰めになる。
    でも、悲しみの感じ方は、徐々により大きくなってる。
    精神的にとても近い関係だったので、これから強い悲嘆が続く期間は10年かな、と、今ざっくり見積もっている。
    そのステージを越えても悲しみは消えることはない。
    グリーフケアについて3冊ほど読んだことがあるし、母親を15歳の時に亡くしているので
    リアルな感覚として、現実逃避と悲嘆の行ったり来たりという苦しみがもう始まっているのが分かる。
    前からではあるが、最近、睡眠不足。はっと目が覚めて、眠れなくなる。
    眠れる時は、疲れ果てて。

    昨日の私のしんどさで独特だった点が1つ。(特に母親の死の時と比較して)
    2歳の息子が非日常な雰囲気を察して、
    異様にはしゃぎ、かつ、異様に私に甘えてくること。
    私は悲しみをしっかり噛みしめたいのに、子どもの世話という現実にいやおうなしに引き戻される。
    ま、気が紛れるし、救われる部分も大きい。プラスとマイナスの両側面。
    私が悲しみの発作に襲われて、声を上げて泣き始めると、理生は私に「また明日ね!」と言ってくる。
    ん?そりゃ、あんたが「○○したいー!」とわがまま言って「あかん!」と言われ激しく泣いてる時に
    私が言ってるセリフやね~。

    お通夜と葬儀(お別れ会)に来てくれた人にお渡しするよう準備していた礼状が
    昨日、途中でが足りなくなり、
    ことの経緯を説明してあるものなので、ここに文を掲載します。(私が書きました。)
    来場できない人にも読んでもらえることを願って。


    5月16日土曜日、尼崎医療生協病院にて、夕佳は、43才で、現世から旅立ちました。5月14日に事実婚から正式入籍し、山本姓から松本姓になり、お祝いをした2日後でした。

    夕佳は、2月に肝臓癌と診断を受けて以来、希望を捨てず、治療、食事療法など闘病を続けておりました。多くの方に支えられ、最期の時も、病室で大勢の家族、親戚、友人に囲まれ、全員が揃うのを待っていたかのように静かに息を引き取りました。
     生前、お世話になりましたこと、また、お別れに足を運んでくださったこと、心からお礼申し上げます。
     通夜、葬儀、共に、夕佳本人が希望していた無宗教のお別れ会という形でさせていただきます。心のこもったものにできるように、夕佳が望む形はどんなものだろうかと思いを巡らせました。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

     いただきましたご香典は、幼い二人の息子、尊生(たお)と一輝(いき)のために大切に使わせていただきます。ありがとうございます。尚、お骨は、落ち着き次第、本人が希望していた京都の西寿寺に埋葬する予定です。

    最後に、夕佳が日記を綴っていたブログを読んでやってください。http://tao-days.blog.drecom.jp/


    喪主 松本 淳 Atsushi Matsumoto







    5/16/2009

    今朝、姉のユカが天に召されました My older sister, Yuka, passed away this morning

    3ヶ月前に肝臓のガンと診断され、たたかっていましたが、
    ゆかは今朝、家族がそろうのを待ってたかのように
    静かに息を引き取りました。
    明日、通夜。
    明後日、お葬式です。

    追記
    お通夜   5/17(日) 18時から 
    お別れ会  5/18(月) 14時から15時
    共に、クレリプチホールにて。
    JR尼崎駅から徒歩4分。
    最後のお別れにお立ち寄りくださいませ。
    In English
    4/30/2009

    2歳にて図書貸出カード取得 Getting a library card at the age of two

    2歳の息子、リオがまたしてもお腹の風邪にやられまして、
    ゲーゲー吐いて、熱が出て、下痢して。
    土、日、月、火の4日に渡り、ママはべったり看病。

    火曜日にはかなり元気になって遊びたがっていたし、
    かねてから考えていた、息子名義の図書貸出カードの申込みに、区の図書館へ。
    以前は私のカードで絵本を借りてあげていたんだけど、
    私の読書ペースが加速中で、常に予約も貸出も制限の最大数までしてるので、
    何とかならないかなと思っていたら、窓口に
    「0歳から図書カードを作れます」と書いてあるではないか~!
    知らんかった。
    もっと早く作ってあげればよかったね。

    息子に、「リオのお名前で図書館のカード作りに行こうね」と言うと、
    理解できたのか、嬉しそうに「行く~」と行って玄関に駆けてゆく。
    (毎朝、そんな調子で保育園に行ってくれたらどんなに助かるか・・・、と
    ちょっと呆れ顔の私)

    ま、とにかく、図書カードを無事に発行してもらい、リオに手渡すと、
    「ももんちゃん、行こ」と、大好きな「ももんちゃん」シリーズを借りたい様子。
    子供向け絵本コーナーに行くと、もう次々と、「あ、これー!」「これ、見るー!」と本をゲット。
    ママの借りたい「お風呂に入る」絵本も良いのを見つけ、
    次はビデオコーナーに。
    リオはすぐミッキーマウスの絵を見つけ、「ミッキー!」と手に取る。
    ママは「バーバパパ」が見てみたかったので、
    その2つのビデオと、6冊の絵本を借りて、貸出制限の8点、いっぱいいっぱいに。
    絵本のおかげでその晩は、いつも「いやいや」のお風呂にすぐ入ってくれました。

    バーバパパの絵本は、私が子どもの頃大好きだったんだけど、アニメは見たことなかった。
    リオもはまって見てます。かなり良いです。楽し~。兄弟が多いの!
    私はバーバパパのお家ってとても素敵だなと思います。
    丸いのが1つの部屋で、1人1部屋あって、その丸がいっぱい繋がってるの。
    ちょっと近未来デザイン!
    こんな家に住んでみたいわぁー。